2017年05月11日

減塩味噌とは何だろうか?

※この記事の「減塩味噌」は、特定の商品に基づいた数値を用いています。
 この商品は存在しますが、すべての「減塩味噌」について、成立する記事ではありません。

 某社の社員食堂には、「味噌汁サーバー」なるものが存在する。
 サーバーは2台あって、一方は「合わせ味噌」他方は、「減塩味噌」である。
 この「減塩味噌」。きっちり説明が書かれていて、
・(当社)標準の味噌は塩分濃度 9.3%
・それに対して、10%カット(つまり、塩分濃度 8.37%)
 となっている。

 では、味噌汁一杯当たり、どの程度「減塩」なのか?
 早速計算してみよう。
 味噌汁のレシピを探してみると、一杯当たり 10g〜20g 程度でばらついている。
 ここでは、多めの20gを採用すると

・標準味噌 味噌汁一杯当たり 20g×9.3% = 1.86g
・減塩味噌 味噌汁一杯当たり 20g×8.37% = 1.674g

 その差は 1.86g - 1.674g = 0.186g となった。
 これでは、量がピンとこないので、小さじで換算すると、おおよそ小さじ 1/33。

 さて、どうだろうか?
 確かに、「塵も積もれば山となる」のも、「塩分は少ないに超したことはない」のも、事実である。
 が、「減塩味噌」というイメージと、味噌汁一杯当たりの食塩の差は、小さじ 1/33 というイメージは一致しただろうか?
 案外、「減塩だから」と(安心できるほどの差ではないにもかかわらず)妙に安心してしまったりという事はないだろうか?

 やはり、「減塩」というイメージだけではなく、「どのくらい減塩なのか?」という認識は必要なのだろうと思う次第であった。

※ちなみに、ここで紹介した「減塩味噌」は、標準味噌に対して10%減と、「減塩幅」は他の商品と比べると少ないです。
 が、標準味噌(9.3%)が、そもそも、塩分少なめで、他社の減塩味噌並みの塩分量であるということを、付記しておきます。

posted by 麻野なぎ at 19:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感

2017年02月13日

続・牛乳はモー毒」なのか? 出典を巡って

済みません、実は新しい話題というわけではなくて……。

以前、タイトルのような記事を書いたことがあります。
http://koko.axis.blue/article/46437595.html

先日たまたま検索を行って、この記事が、「出典」として引用されてる武録を見つけました。


その記事というのが、
http://plaza.rakuten.co.jp/shokuikublog/diary/201210310000/
(厚生労働省も牛乳の過剰摂取と心の偏りの密接な関係に気がついたのか・・・・)

で、

> 2002年(平成14年)度からは公立保育園の牛乳給食料を
> 2001年(平成13年)度まで1日平均 200mlから80mlに減量しました。
> 2000年(平成12年)5月厚生労働省は「健康日本21」と
> いう成人向けガイドラインを作成しました。成人向けの
> 牛乳接種量を乳製品も含めて1日130mlと明記しています。

という記事の、「出典として」
http://asano-nagi.sblo.jp/pages/user/iphone/article?article_id=46437595
(アドレスの表示は異なりますが、上述のものと同じ記事をポイントしています)

いや、本当に、「出典に当たる」という作業をやらずに記事を書いている人が居るのだなと。

ちなみに、こちら(牛乳はモー毒」なのか? 出典を巡って)の主旨は、
------------------- from here --------------------------------------------
> 目標値:牛乳・乳製品130g、豆類100g、緑黄色野菜120g以上
> 基準値:牛乳・乳製品107g、豆類76g、緑黄色野菜98g(平成9年国民栄養調査)

と書かれ、平成9年調査では牛乳・乳製品が107gしかないので、130g以上を目標に
しましょう……と明確な意図が感じられる。
-------------------- to here --------------------------------------------
いや、これが、「出典」で、「厚生労働省も牛乳の過剰摂取と心の偏りの密接な関係に気がついたのか・・・・」という記事を書くのは、さすがに、詐欺でしょう。

posted by 麻野なぎ at 12:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年01月31日

ATOK2017 誤変換リスト

ATOK Passport のおかげで、ATOK2017 がインストールされました。
操作感はほとんど変わらないのですが、なんか、長い文章の一括変換は少し賢くなっている気はします。

で、手元に、ATOK2012 の誤変換リストを見つけました。
早速同じ事やってみたら……。
※ただ、学習結果の初期化はしていないので、結果が妥当かどうかは微妙なところです。
※あと、以下の例はいずれも一文を一括で変換しています。
(ここまでの範囲では誤変換無し)

(対応可否ご検討ください)
2012 対応か庇護権等ください
2017 対応か庇護権党ください。

(確認結果いかがでしたか?)
2012 確認決壊加賀でしたか?
2017 確認決壊加賀でしたか?

(閉じたに超したことはないです)
2012 と自他に越したことはないです。
2017 閉じた和したことはないです。

(幾度か見た)
2012 幾度紙田
2017 幾度か見た ○

(歩くにはちょうど良い距離)
2012 ある国はちょうど良い距離
2017 ある国はちょうど良い距離

(アクリル板加工図)
2012 アクリル板か構図
2017 アクリル板加工図 ○

(操作感触)
2012 捜査官色
2017 操作感食

(検査追加)
2012 検察以下
2017 検察以下

データ破壊時の
2012 データは開示の
2017 データ破壊時の ○

(申請不要)
2012 新政府用
2017 申請不要 ○

(図面レビュー指摘事項)
2012 図面レビューして記事校
2017 図面レビューして記事校

(客先にて機器組み込み時)
2012 客先に手利き組み込み時
2017 客先に的菊見粉微塵

(参画も要請しました)
2012 三角模様制しました
2017 三角模様制しました

(仮設立案)
2012 仮説率アン
2017 仮設立案 ○

posted by 麻野なぎ at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年01月04日

ジェンダーを考えることの難しさ

最近、「ジェンダーフリー」ということが話題になる。
しかし、このことについて考えようとすると、私は、少々難しさを感じる。
それは、「ジェンダー」が、(生物学上のではなく)社会的・文化的性差と解釈されるとおり、「文化的性差」という側面を持っているからである。
文化的な素地を意識することは難しい。
一方で、「文化」を(たとえば、民族や地域の固有財産として)無条件に「良いもの」とする風潮もある。
しかしながら、「文化的性差」がもしも問題になるのなら、その素地にある、「文化」も、無条件に良いものと決めつけることはできないだろう。

その中でも、ジェンダーフリーの、本質的な考え方は、「平均値を外れることはありふれたこと」という事なのだろうと思う。
たとえは、統計的に調査を行って、「男の子は青を、女の子は赤を好む傾向が強い」という結果が得られたとしよう。
そういう結果があったとしても、「赤が好きな男の子」や「青が好きな女の子」は、ありふれたもので、別段特別なものでも、ましてや、異常なものでなどあり得ない……という、そういう考え方が本質なのだろうと思う。

だから、本来、男女で好きな色が異なるということは、あり得ないことと決めつけてしまうのではなく、たとえ男女で好きな色の傾向に差があったとしても、「彼女は女性だから赤を好む『べき』」と決めつけることが、まず、間違っているのだと思う。

【社会的・文化的に作られる性差】

2017年1月現在、日本の会社組織では、「女性の管理職は少ない」という事実がある。
一方で、「この時点」で、管理職としてふさわしいの力を持っている男性社員と女性社員の数を比べると、「男性の方が多い」という組織は、ある程度以上存在しているのではないかと思う。

ただし、これもまた、おそらくは「作られた性差」なのであろう。
管理職としての能力というのは、多くの場合、周囲の期待と教育によって作られる。
少し前まで、管理職として「求められた」のは主に男性だったというのは、事実としてあって、故に、男性ばかりにその教育がなされていたと言うこともまた、事実であろう。
だからこそ、2017年1月の時点では、管理職としての能力を持つのは、男性の方が多いということはありそうな事である。
これは、女性の特性という問題ではなく、有り体に言えば、「過去の(負の)遺産」ということになる。

ところで、こういうことは言われてないだろうか?
「男性は高所に立った見通しを立てることに向いており、一方女性は細やかな気配りが得手である」
これも、現時点では、傾向としてありそうなことに感じる。けれど、これは、本当に男女の特性なのだろうか? 子供の頃から、「男のくせに細かいことに気にするな」とか、あるいは、女性サイドからも、「細かいことに気にするのは、器の小さな男」という評価があったりしなかっただろうか?

言い換えれば、これもまた、「男らしさ・女らしさ」という社会的・文化的な要求の反映なのではないだろうか?

生物学にはっきりした性差のひとつが、「女性は子供を産むことに適した身体を持っている」というのは、明らかだろう。
ただし、「だから、女性は、育児に向いている」というのは、自明ではない。
これも、社会的・文化的要求の反映である可能性が高い。

文化的な要求というのは、案外やっかいである。
「日本的な文化」といった場合、それが、男女の役割を固定しているケースはありそうな気がする。
また、「役割」と構えて考えなくても、「女子会」や「ガールズトーク」という言葉が認知されていて、また、それは、男女の特性の差を反映しているとしたら、その、「性差」は、持って生まれたものだろうか? あるいは、「社会的・文化的に作られたもの」だろうか?

それを考えると、ジェンダーを一切認めないという社会は、(私としては)想像しがたいというのが正直なところである。

そうであっても、冒頭書いたように、「社会的・文化的要求(もしくは、予断)と一致しない」ということは、それはありふれたことで、彼や彼女が、異常ということでは決してないということを、私たちは強く意識しなければならないのだと思う。
それが、ジェンダーフリーにつながる、「十分条件」ではないとしても、「必要条件」として。
posted by 麻野なぎ at 15:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ジェンダーをめぐる雑感

2016年11月21日

かけ算の順序を巡る話題

算数のテストで、かけ算の順序を間違えて、×にされたという話が、割と繰り返されている。
この点について、少々考えてみた。

【定義に立ち返る】

小学校の教科書によると、
5×3 は、「5を3回足したもの」
3×5 は、「3を5回足したもの」
ということで、意味が異なることになる。

意味が異なるから、当然、「前後をひっくり返しても答えは同じ」というのは、自明ではない。
厳密な数学の世界なら証明が必要だし、小学校でも「発見」の過程は通過するはずである。

なので、この定義に立ち返る限り、かけ算の順序は大切だということになる。


【ちなみに、数学的な定義は】

 数学の世界で、自然数のかけ算は、以下のように定義される(ペアノの公理系からスタートする手法)

A×1=A(1をかけても変わらない)
A×B=A×(Bのひとつ前の数)+A

※これは、日常的な言葉で言えば、「AをB回足したもの」というこになる。
 ただ、厳密には、B回足すということの定義が結構難しいので、こういう回りくどい定義になる。

例えば、

5×3 =
5×2(←3のひとつ前の数)+5=
(5×1(←2のひとつ前の数)+5)+5=
(5←定義から、5×1=5)+5+5=15

こんな感じの定義になっている。
厳密には、この式だけから、交換法則が成り立つことを証明する。

ただ、この定義は、「自然数」限定の定義である。
「前の数」などという言葉が出てくる定義を、有理数や無理数のかけ算にそのまま適用することはできない。
ならば、有理数や無理数はどう扱うのか?
実は、これ以降は、「かけ算の拡張」が行われる。

例えば、有理数(分数)のかけ算は、
b/a × d/c = (b×d)/(a×c)と定義される。
(a, b, c, d は整数なので、かけ算が定義されていることに注意)

そして、今、整数 N を N/1, M を M/1 と同一視すると、この、「有理数におけるかけ算の定義」は、「その部分集合である、整数に対して適用するときには、整数のかけ算と全く同じ」ということを証明し、「かけ算の有理数への拡張」とする。

というわけで、数学全体から見れば、自然数(少なくとも整数)の範囲を超えた時点で、「かけ算の順序」は無意味になる(少なくとも、その意味は希薄になる)のは確かである。
だからといって、かけ算の初学で、自然数においてもかけ算の順序は無意味であるとはいえないわけである。

【不意打ちではない】

 この話題の発端というのは、多くの場合、「子供がテストで×をつけられた」というところからスタートするような気がする。それを見た親の立場で、「かけ算の順序なんてどうでもいいもので、×をつけるのはどういうこと?」という流れのようだ。
 ただ、これは、何もそのときのテストで、いきなり、「間違いです」と言われたわけでもないというのは、わかっていただけるといいかなという気はする。

 そして、もしも、「このテストの判定はおかしいのではないか?」と思ったら、まずは、教科書を確認して欲しいと思う。
 学校では、どういう意図を持って、何を(計算方法なのか、定義なのか)教えているのかがわかっていただけると思う。
 さらに、教科書に載っている事項と言うことは、そのテスト以前に、教えられているはずだということも、わかっていただけると思う。

 確かに、「教える事項や方法は、それで妥当なのか」という議論はあるだろう。でも、少なくとも「何を意図しているか」を知るのは大切だと思う。また、「テストでいきなり理不尽な扱いを受けた」訳ではないことは、これまたわかっていただけると思う。
 それは、授業で確かにやった(はずの)内容だから。

【出題のテクニック】

 この項目は、憶測である。

 かけ算の順序が間違うというのは、文章題の回答樽と思う。
 そして、小学校低学年に文章題というのは、案外ハードルは高い。
 勢い、一定割合の児童は、問題文を読み解くことなく、「問題に出てくる数字を順番に式に割り当てる」という方法で対応することになる。
 例えば、「一本5円の鉛筆を3本買いました。いくらですか?」なら、「正解」も「問題に出てくる数字を順番に割り当てる」でも、5×3=15と立式される。
 しかし、「鉛筆を3本買いました、1本5円でした。いくらですか?」なら、「正解」は、5×3=15になるし、「数字を順番に割り当てる」だと、3×5=15という立式になる。

 だから、「かけ算の順序などというどうでもいいことで×にされた」というよりも、「題意を理解できてなくて、単に数字を順番に割り当てて問題を解こうとしている」という傾向に注意すべきかもしれないのだ。

【追記・マイナス×マイナス=プラス?】

本稿に関連して、これも、よく見られる質問で、「マイナス×マイナス=プラス」になるのはなぜか? というものがある。
これを読むたびに、本当は、そこでつまずくのではなく、もう一つ前の段階でつまずいて欲しかったなと思ったりする。

上述の「かけ算の定義」によれば、例えば、
(−3)×5は、「−3を5回足すこと」である(マイナス×プラス=マイナス)
これは、比較的わかりやすいと思う。

次に、
3×(−5)は、「3を(−5)回足す」ことになる。
−5回足すというのはどういうことなのだろうか?

この謎が理解できれば、
(−3)×(−5)は、「(−3)を(−5)回足すこと」の意味で、プラスになるのは容易にわかる。

つまり、マイナス×プラス と プラス×マイナス は、考え方としては、後者の方がかなり難しい。
そして、プラス×マイナス が理解できていれば、マイナス×マイナスは、今度は自然に理解できる。

こういうところでも、初期に習ったかけ算の概念が、薄くなっていることは感じられたりする。
posted by 麻野なぎ at 12:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 誤解される数学

2016年04月24日

気になる表現

最近、ニュースで以下のような表現を聞いた(ような気がする)

・病気療養のため、○○選手は、半年ぶりに練習に参加しました。
・震災のため、○○が、一週間ぶりに開催されました。

完全にこの通りだったか? と言われると少々自信はないが、あれ? と思ったので、おそらくこの通りだったのでしょう。
上記、いずれも、「病気療養のため」が、「参加しました」を、「震災のため」が、「開催されました」を就職する文型になっているので、いや、れおはおかしいだろうと思った次第です。
まあ、意味は分かりますが。

たとえば、

・病気療養のため、○○選手は、半年ぶりの練習になりました。
・震災のため、○○は、一週間ぶりの開催となりました。

なら、文のつながりの上で不自然さはない。
でも、ニュースということでは、「練習に参加した」「開催できた」が主題だと思うわけで、それなら、省略せずに、

・病気療養のた休養していた○○選手は、半年ぶりに練習に参加しました。
・震災のため中止されていた○○が、一週間ぶりに開催されました。

が良いのではないかなと思う。

また、最初の文型でも、

・病気療養のため、○○選手は、半年ぶりに診察をうけました。
・震災のため、対策会議が、(前回震災から)3年ぶりに開催されました。

ならば、(例は不謹慎でも)意味は通じると思う。
だから、ある文型が適切かどうかというのは、やはり、意味内容も関わってくるのであろう。
posted by 麻野なぎ at 10:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感・ことば

2016年01月06日

多用される「……すぎる」

最近、バラエティ番組を中心にか、「……すぎる」という言葉が多用されている気がする。
それも、どうやら、肯定的な意味で使用されていることが多いようだ。
本来、「……すぎる」とは、

〔物事がある数量・程度を〕こえる。度を越える。(学研国語大辞典)

のように、否定的なニュアンスを持っている。
※接尾語としての、「……すぎる」

「大きい服」は、ゆったりとして快適かもしれないが、「大きすぎる服」は、扱いに困るものだ。

もちろん、「辞書に書かれている事柄を盲信するのは良くない」とか、「辞書に書かれていることにこだわるべきではない」とか、「そもそも言葉は変化するものである」という主張は、それぞれ間違ってない。
ただ、言葉が表現の手段であるのみならず、コミュニケーションの手段でもある以上、共通認識としての辞書は、尊重すべきだと思う。

以上のように書いてきたが、私自身は、「美しすぎる人」のように、肯定的な意味で「……すぎる」を最初に使用した人は、センスのある人だと思う。実に、辞書に書かれている(共通の)ニュアンスを無視することで、「常識の範疇で捉えられないような美しさ」を表現したのだと思う。

ただ、繰り返しになるが、それは、「……すぎる」という表現を肯定的な意味では使わないという共通認識があった上での、「常識破り」である。
最初はインパクトを伴った表現であっても、それが、まねされることで、インパクトは薄れてしまう。
今、バラエティで、「美しすぎる人」と聞いても、単に、「とても美しい人」という印象しか与えないであろう。

ニュアンスの喪失である。
言葉は単なる意味の他に、ニュアンスを伴っている。
それを利用する――少数の場合、敢えてそのニュアンスを否定するような使い方をする――ことで、印象を深めることができる。
ただ、それは、多用してはならない。

単に、「辞書にある使い方と違う」というだけではない。
元々あったニュアンスを喪失させ、そしてまた、印象をも喪失させるからである。

posted by 麻野なぎ at 17:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感・ことば

2015年12月23日

WG-S30のお供……ベルトシール by 「ミドリ」

さて、10月に購入した「シャープ電子ノート」WG-S30です。
本体のまとまったレビューも書きたいところではありますが、今回もまた、小ネタで。

現在、当方の WG-S30は(外観は)こんな感じになっています。
mag_all.jpg
もともと、シャープストアのモニタに当選して、若干安価に購入できました。
で、このカバー自体は、そのときのオマケになります。

ただ、右上にみえる、「ベルトシール」が今回紹介したいものになります。
もともと「手帳にスナップをつける」ためのものですが、ペンフォルダーもついていて、こんな感じでペンが収まります。
mag_part.jpg
詳細は、http://www.midori-store.net/SHOP/4461/54582/list.html

購入当初から、実は、ケースを物色していました。
その動機は、「格好良いケースが欲しい」だったのですが、この付属の(あるいは、純正の)ケース自体には、あまり不満を持っていませんでした……一点を除いて。
不満点というのは、「事実上純正のペンしか(ケースに)させない」という点です。

もともと、純正のペンは、ちょっと軽すぎる、滑りやすいという点で、なじめないところがありました。そして、こちらの方は、パイロットの、Hi-tec C コレトシリーズ
http://www.pilot.co.jp/products/pen/ballpen/gel_ink/coleto/
を使うことを意識していました。

このシリーズには、「(感圧式の)タッチペン」があり、純正のペンよりも、ペン先が見やすくてまた、ペンとしてのグリップも良く、このペンを使おうとしたのでした。
が、最も細い2色タイプでも、純正カバーのペン差しには入りません。太すぎて。

そういうわけで、ペンがさせるタイプのケースもいくつか試しましたが、しっくりくるものはありませんでした。
そうこうするうち、近所の文具店で、この、「ベルトシール」を見つけました。
これだと、コレトの4色ペンでも十分入ります。
カバーに元々ついていたペンフォルダーを切り取り、このベルトシールを取り付けたわけです。

と、ここで失敗したのは、近所で見つけたものは、「スナップタイプ」だったということ。
実際スナップタイプで、蓋を閉めようとすると、WG-S30の画面に、スナップを押しつけることになります。
純正の(オマケのも)カバーは、画面保護のために、かなり堅い材質で作られてはいますが、やはり、閉める度に画面に力をかけるのは、好ましくありません。
純正のカバーに取り付けたのは、こんな感じ。
suna_all.jpg
純正カバーは、WG-S30とほとんど同サイズのため、ペンの部分がはみ出して見えます。
さて、ここで、「これが、マグネット式だったら……」と思って、検索をかけたら、なんと、マグネット式のものも、ラインアップされていたのでした。
そこで、マグネット式の方を、現在使っているカバーに取り付けたわけです。この、「ベルトシール」は、かなり強力なシールになっていて、はがすのはそこそこ以上の危険性を伴いますので。
posted by 麻野なぎ at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 周辺機器のあれこれ

2015年10月20日

WG-S30では、4月始まりのスケジュールを作成できない

-------------- 2015/10/30 追記しました。(2)
改めて Web ( http://www.sharp.co.jp/enote/special/schedule/ )を確認すると、

> 1冊のスケジュール帳で作成できる期間は、最大で約1年間です。

なるほど、「約一年」だから、嘘はついていないわけですね。
なんだかな〜 な仕様ではありますけど、

-------------- 2015/10/30 追記しました。

追加情報がありました。

それによると、

・週間スケジュールは、「最大52週」しか作成できない。
・ただし、1月始まりの時は「(特別に)52週を越えて」作成できる

という仕様だそうです。
え?

1年は365日(または、366日)です。
つまり、52週間と1日(または、52週間と2日)です。
どうあがいても、1年間の日数を含む週間スケジュール帳は作成できません。
(1月始まりは除く)

この下で試した、4月始まりのスケジュールも、作成できたのは、3/30 - 翌年 3/27 のスケジュール帳でしたから、(もともと意図した、4/1 - 3/31 という以前に)1年分の日数が入ってないのがわかります。

どこから、「最大52週間」という仕様が出てきたのか、実に不思議です。
しかも、この仕様で、1月始まりのスケジュールを作ろうとしたら、「作成できなかった」ので、1月始まりだけは、最大52週間の制限を外したのでしょう。

これはこれで、とっても不安です。
ソフトの世界では、「特別な処理をするということは、何かが間違っている可能性が高い」と言われます。
1月だけ特別な処理をする必要があるということは、

・1月だけ特別な事情がある
・そもそも仕様が間違っている

のどちらかなのですが、「いいや、とりあえず、1月始まりのスケジュールが作成できれば」という安直な修正があったとすれば、そのソフト開発の品質はどうなの? という気になってしまう場面であります。

では、Max 53週で問題は解決するでしょうか?
実は、

・最初の日が日曜日で、
・スケジュールの中に 2/29 を含む

というケースが最悪で、54週間を要します。

具体的には、1月始まりだと 2068/1/1 - 2068/12/31 がそれに該当します。
この間のスケジュール帳は、54ページ分が「作成可能」です。

4月始まりだと 2035/4/1 - 2036/3/31 がそれに該当します。
この間のスケジュール帳は、54ページ分が必要ですが、「作成不可」です。
無理に作成しても、2035/4/1 - 2036/3/23 までの 52ページしかできません。
2035年度は、まだ、1週間残っているのにです。
------------------ ここまで追記 -------------------------------------

さて、シャープの電子ノート WG-S30 を入手しました。
一つの機能として、「スケジュール機能」があります。
これは、「開始日と終了日を指定して(ただし、最大で1年分)スケジュール帳を作ることができる」機能です。
が、ちょっと変?

入手したのが、10/16 でした。
スケジュール帳を作ろうかなと思い立ち、まだ10月ということで、最近増えてきた「4月始まりのスケジュール帳」を作ろうとしたのですが。

・1週間フォームを選んで、
・開始日を 2015/4/1 とする(直前の月曜日 2015/3/30 が開始日になりました)
・終了日を 2016/3/31 とする(直後の日曜日 2016/4/3 を終了日にしようとしたようです)
・日数がオーバーして作成不可

でした。
(結局 終了日は、16/3/27 で、52ページ分のスケジュール帳を作成しました)

思い立って、
・開始日 15/1/1(実際には 14/12/29)
・終了日 15/12/31 (実際には 16/1/3)
という設定では無事に作成できました(53ページ分)

なぞです。
いずれも、日数は 371日。できあがるはずの スケジュール帳に含まれるのは53ページ。

なぜ、4月始まりだと、1年分のスケジュール帳が作成できないのでしょうか?

※ちなみに、1日=1ページのフォームだと、問題なく作成できました。
posted by 麻野なぎ at 12:50| Comment(0) | 周辺機器のあれこれ

WG-S30のお供。ChainLP

先日発売された、シャープの電子ノート WG-S30 を入手しました。
「これ欲しい」と思っていたところ、シャープさん(のショップ)のモニタ募集を知り、普通に買うよりは少々安く入手することができました……というのが、基本的な立場です。

で、そうなると、本体のあれこれをレビューしたくなるのですが、それは、しばらくおくとして、「お供」とも呼べるソフト、ChainLPを紹介させていただきたいと思います。

http://no722.cocolog-nifty.com/blog/chainlp/ です。

WG-S30 の「お供」としては、

1) WG-S30 から書き出したノート(1ページ=1画像ファイル)を、PDF や EPUBにまとめることができる
※EPUB は、電子書籍リーダーで読めます。

2) 青空文庫(または、その形で作ったテキストファイル)を、画像ファイル(1ページ=1画像ファイル)を経由して、ノートとして WG-S30に取り込むことができる。

という用途に使用できます。

特にテキストを読み込みのに、フォント・フォントサイズ・画面サイズ(直接 600×700ドットで指定可能)が指定できますので、かなり良い感じに仕上がると思います。

一点問題があるのは、ChainLPの画像出力は、BPM に対応していないという点です。
これも、純正の「SHARP電子ノートユーティリティ」を併用することで、対応可能です。
(このユーティリティを使うと、JPEG からでも、ノートを作成できます)

まずは、ご紹介まで。
posted by 麻野なぎ at 12:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 周辺機器のあれこれ