2017年05月11日

減塩味噌とは何だろうか?

※この記事の「減塩味噌」は、特定の商品に基づいた数値を用いています。
 この商品は存在しますが、すべての「減塩味噌」について、成立する記事ではありません。

 某社の社員食堂には、「味噌汁サーバー」なるものが存在する。
 サーバーは2台あって、一方は「合わせ味噌」他方は、「減塩味噌」である。
 この「減塩味噌」。きっちり説明が書かれていて、
・(当社)標準の味噌は塩分濃度 9.3%
・それに対して、10%カット(つまり、塩分濃度 8.37%)
 となっている。

 では、味噌汁一杯当たり、どの程度「減塩」なのか?
 早速計算してみよう。
 味噌汁のレシピを探してみると、一杯当たり 10g〜20g 程度でばらついている。
 ここでは、多めの20gを採用すると

・標準味噌 味噌汁一杯当たり 20g×9.3% = 1.86g
・減塩味噌 味噌汁一杯当たり 20g×8.37% = 1.674g

 その差は 1.86g - 1.674g = 0.186g となった。
 これでは、量がピンとこないので、小さじで換算すると、おおよそ小さじ 1/33。

 さて、どうだろうか?
 確かに、「塵も積もれば山となる」のも、「塩分は少ないに超したことはない」のも、事実である。
 が、「減塩味噌」というイメージと、味噌汁一杯当たりの食塩の差は、小さじ 1/33 というイメージは一致しただろうか?
 案外、「減塩だから」と(安心できるほどの差ではないにもかかわらず)妙に安心してしまったりという事はないだろうか?

 やはり、「減塩」というイメージだけではなく、「どのくらい減塩なのか?」という認識は必要なのだろうと思う次第であった。

※ちなみに、ここで紹介した「減塩味噌」は、標準味噌に対して10%減と、「減塩幅」は他の商品と比べると少ないです。
 が、標準味噌(9.3%)が、そもそも、塩分少なめで、他社の減塩味噌並みの塩分量であるということを、付記しておきます。

posted by 麻野なぎ at 19:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感

2015年06月21日

新gTLD を受け入れないサービス

2015/08/05 追記。
本日の段階で、「わたしムーブ」は、.blue のメールアドレスを受け入れてくれるようになりました。

------------------------ 追記ここまで -----------------


先に書いたように、昨年7月頃に、axis.blue というドメインを取得した。
既に大量に登録されている、いわゆる、「新gTLD」のひとつ、.blue に登録したのである。

この時、「あるいは、.blue に対応していないサービスもあるかもしれな」とは思っていた。
実際、2003年に、.name のドメインを取得した際、いくつかのサービスで、.name で終わるメールアドレスは拒否されたからだ。
しかし、当時でも、「.name のアドレスが登録できません」とサポートに連絡すると、数日以内には対応できていたので、あまり心配はしていなかった。

ところが……。

「わたしムーブ」というサービスがある。
http://www.watashi-move.jp/

身体の様々なデータを登録して、生活習慣の改善に役立てようというそういうサービスである。
以前から使用していて、このサービスも、登録したメールアドレスを変更しようとした。
すると、
axis.png
「メールアドレスに誤りがあります。もう一度入力してください」
と、こういうメッセージを出したまま、次に進めない(もちろん、メールアドレスの再入力は可能)
一応、入力したアドレスに間違いないことを確認して、「新gTLDに対応できていないのでは?」とサポートに連絡すると、「そのとおり」という回答があった。

で、結論から言えば、改善するつもりはないらしい。事実、それから一年近くたった、今日(2015年6月)も改善はされていない。

せめて、「ごめんなさい、新gTDLには対応できていません」というエラーメッセージなら、わかる。
それが、「メールアドレスに誤りがあります」とは。
せめて、「どういう点で誤りと判断したか」という情報は必要であろう。

ちなみに、インターネット上で正しく、到達性のあるメールアドレスを「誤り」と判断されたので、こういうメールアドレスを登録してみた。
exam.png
こういうのを「誤り」とは、判断しないで、正しいメールアドレスを「誤り」と決めつけるとは。
しかも、一年以上の放置のままとは。

とほほ……。

まあ、新gTDLのアドレスを全部集めても、全体の数%にしかならない(もっと少ないか?)のは、事実であろう。しかし、一方で、「普通の人」に、.blue で終わるアドレスを示して、「なんですかそれ? 間違ってないですか?」と言われたことはない。
「メールアドレスなんて、単なる文字列」というのが、正直な感覚かもしれない。
が、それならそれで、自分のメールアドレスを登録しようとして、「メールアドレスに誤りがあります」と断言されて、途方に暮れるケースはあるのではないかなと思う次第である。
posted by 麻野なぎ at 15:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感

2015年04月04日

C++ Builder の TDateTime が、1989年12月30日から経過日数なのは?

最近、様々な時刻表現を表示するプログラムを作って遊んでいました。
その中で、C++Builder の TDateTime と、Excel の(時刻)シリアル値が、実は同じ数値になるのを発見して、喜んでいたりということをしていました。

でも、「本当にそう?」とドキュメントを調べてみると、

TDateTime : 1989年12月30日からの経過日数
Excelのシリアル値 : 1900年1月1日を「1」とした日数

ということで、本来違うはずです。
普通に解釈すると、TDateTime の内部表現と、Excelのシリアル値は、1日ずれるはず。
でも、実際に表示している数字は同じ。

で、まずは、実験してみました。
0 を入力すると 1989/12/30 vs 1900/1/0 (おい?)で、確かに違う。
1 : 1989/12/31 vs 1900/1/1
2 : 1900/1/1 vs 1900/1/2
100 : 1900/4/9 で、「同じ」

実は、ここで、見当がつきました。
1900年は閏年じゃないけど、Excleは閏年で処理をしている。

そのあたりをついてみると、

59 : 1900/2/27 vs 1900/2/28 相違
60 : 1900/2/28 vs 1900/2/29 相違……というか、1900/2/29 は存在しない日付。
61 : 1900/3/1 で「同じ」

ということで、Excel まさかのバグ? と思ったら、この話(Excel が 1900年を閏年にしていること)は、結構有名な話のようでした。
「Excel 1900年」などで検索すると、関連する情報がいろいろ出てきます。

ということで、C++Builder の、一見中途半端な、1899年12月30日 という起点は、Excel のシリアル値と同じになるように設定して、なおかつ、「正しく」仕様を記述した結果ということかもしれません。
posted by 麻野なぎ at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感

2014年09月08日

私にとってのドメイン

この記事は、まさに、雑感という内容になります。
とまれ、この記事を書くきっかけになったのは、(少々古い話ですが)「ドメインを整理しよう」と思い立ったことです。
もともと、本名に対応した、keiichi.fujiwara.name というドメインと、ペンネームに対応した、nagi.asano.name というドメイン(と、あと、いくつか)を持っており、メインのWeb は、こちらのドメインで運用していました。
このドメインを廃止して、axis.blue というドメインに統一して、Webのほうもそれで運用しよう。ついでに、このブログも、http://koko.axis.blue/ というドメインを割り当てました。

個人的には、かなり大きな変化になりますので、まあ、ドメインに関していいろいろと思うところを書いてみようと思い立ったわけです。

さて、インターネットというものと関わり始めた(単なるユーザーですけど)のは、1995年頃になります。
ちょうど、Windows 95 が出て、インターネットなるものが騒がれ始めた、ちょうどその頃です。
この頃、運用面ではほとんど知識が無かった頃ですが、メールアドレスにしても、Webのアドレスにしても、「プロバイダからの借り物」を使うしか選択肢がありませんでした(私にとっては……以下、同じ)

ただ、Webのアドレスは、致し方ないものの、その頃既に、いくつかの「メール転送サービス」が存在していました。
アドレスをひとつもらって、そのアドレス宛のメールを、別のメールアドレスに転送してくれるというものです。
これを使うと、見かけ上、「プロバイダのものではないメールアドレス」を持つことができます。

私にとって、「プロバイダのものではないメールアドレス」は、あこがれでして、といっても、「ドメインを取得して云々」という運用知識も無い状態で、これは、願ってもないものでした。
その中のひとつに、qua.net というサービスがありました。
メールアドレスとして使うと、(たとえば)nagi@qua.net となって、(@ を a と読み替えることで)アクア・ネット と称していました。
類似のサービスよりも、名前がスマートでして、大枚千円/年(おいおい)の料金を払って、使用していました。

が、「プロバイダを変えても、メールアドレスはそのまま」だったはずが、数年でサービス中止という事態に。
私自身、この、nagi@qua.net を、ほぼメインで使っていたので、かなり焦りました。ま、結局そんなに大きな問題は起こさなかったのですが。
実際、しばらくして、qua.net が、ドメインとして存在しなくなっているのを確認しました。

今なら、つかさず、qua.net を取得するのですが、当時は、そういう知識も無く……今思うと、悔やまれてなりません。
※2104年9月時点、qua.net は、ドメインとして存在しています。

さて、それからも、「プロバイダと関係ないメールアドレスが欲しい」という欲求を抱えつつ、でも、決定打も無いまま、数年が過ぎました。
そのとき、.name ドメインというものが降って湧いたのです。
この時点でも、ドメインを取得して運用するという知識は無かったのですが、.name ドメインは、「転送メールアドレスがおまけでついてくる」というシステムでした。
上述したように、nagi.asano.name というドメインを取得したので、nagi@asano.name という転送アドレスがおまけでついてくるわけです。
※これも、実際には、「漏れなくついてくる」というわけではなく、取得をお願いしたレジストラによっては、「転送メールはなし」というケースもあります。

これは朗報でした。
とにかく、「プロバイダに関係ないメールアドレス」が持てるのです。しかも、今回は、永続性があると思って良いでしょう。
しかも、.name というドメインは、お手軽に持てるので、これからどんどん広まります(これ、今となっては事実と違う)今のうちに(2002年頃)取得しておこう。
これが、.name ドメインとの出会で、そのまま今に至るわけであります。

ただ、この時点では、転送メールの設定はできても、http://nagi.asano.name/ で、自分の Webを表示すると言うことはできませんでした。

さらに時は流れ、ふとしたきっかけで、「ロリポップでWebを開設する」ということをお手伝いすることになりました。
それ自体は難しいものではないですし、無事に開設までたどり着いたのですが、この時初めて、「nagi.asano.name でWebを運営するのは、実は簡単」と気づいたのでした。
結局、もう少しいろいろあって、(ロリポップではなく)現在の、さくらインターネットで、Webを開設し、nagi.asano.name でアクセスできるようになったと言うことです。

さて、そうなると、「qua.netを取得して、メールアドレスとして使うことができる」と気づきます。
気づきますが、qua.net は既に取得されていて、どうも、(私が)取得するのは困難です。
それでも、「もしかして、失効していない?」と、たまに調べていました。

と、今回、.blue という(それ以外にも多数)トップレベルドメインが使用可能になったという情報が。
今なら、(qua.net はだめでも)qua.blue はとれるのでは? と思ったのが運の尽き。
なぜか、気づいたその日には取得できず(商標申請のデータベースがおかしかったらしい)、その夜に、勢いで、axis.blue を取得してしまいました。
(その後、qua.blue も取得した)

で、勢いでとったものの、
・ドメインの運用コストがかさむなぁとか、
・今のままでも、メールアドレスとか、URL とか間に合っているのに、axis.blue とか、qua.blue とか何に使うの?
という、「そもそも取得する前に考えろよ」という問題にぶち当たったのでありました。

で、一晩悩んだ後、「あ、そもそも、axis.blue でドメイン統一しよう。.name って、あんまり広まらなかったし、(特に転送メールサービス込みだと)ドメインの維持費高いし」ということで、上述したように、.name 廃止、axis.blue で統一(あと、qua.blue は、家族のメールアドレス用に使用)ということでおちついたという次第でした。

おまけ、最近思うこと ever.green って、良いかもしれない。
posted by 麻野なぎ at 14:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感

2014年05月10日

ご飯一杯が角砂糖14個分でもいいじゃないかい?

最近、炭水化物が目の敵にされている節がある。
そして、炭水化物の重量をもとに、「××には、角砂糖××分のカロリーが」云々という話もよく見かける。

はては、ご飯には角砂糖14個(諸説あったりするのが何とも)が「含まれる」ていて、まるで、カロリーの塊ダイエットの大敵という話にまで膨らんでいる。
確かに、角砂糖14個が並んでいると、ちょっと困るかもしれない。これは、「大袈裟な数字を出して、主張を際立たせる」というよくある手法ではあるが。

ただ、考えなければならないのは、カロリーも炭水化物も、過剰摂取は害になっても、本来必要なものであるという点である。
たとえば、ダイエットが気になりそうな、18-29歳女性の、平均的な基礎代謝は 1120kcal であり、「静的な生活をしている」場合は、その1.5倍の、1680kcal が平均的な1日の所要カロリーとされる。
https://www.med.or.jp/forest/health/eat/01.html
(日本医師会)

さて、角砂糖のカロリーは387kcal/100g ということである( http://slism.jp/calorie/103008/ カロリーSlism)
だから、上記「静的な生活をしている18-29歳女性」の1日所要カロリーをまかなうためには、1680÷387×100=434g が必要になる。
ということで、1個4g の角砂糖が 108.5個必要ということになる。

もともと「ご飯」というのは、主食であり、一日の所要エネルギーを確保するためのものである。
角砂糖108.5個をまかなうために、14個分のカロリーを3回(+状況によりおかわり)採るのがどれほどの問題なのだろうか?

ご飯は角砂糖換算14個で驚く前に、そもそも、一日に角砂糖108個分のカロリーが必要だというのを認識する必要があるということだろう。

もっとも、「甘い」清涼飲料も、カロリー換算で、14個くらいの角砂糖が含まれるということになる(500ml のコーラなど)
これなど、確かに、8本で一日の所要カロリーを突破してしまう。
その意味では(そもそも、こちらは嗜好品なのだから)清涼飲料水の飲み過ぎには注意しましょうということになる。

ただ、こちらも、角砂糖14個で驚くのではなく、単に、所要カロリーが2000kcal も必要ないのに、252kcal(コカコーラ 500ml)ものカロリーを、8本分も飲んだらアウトというだけのことなのだが。

posted by 麻野なぎ at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感

2013年05月07日

「月の森のカミ」と「あかぎれ多弥太」

上橋菜穂子の『月の森に、カミよ眠れ』を読んだ。
 解説で、武田静澄氏の『日本伝説集』にある「あかぎれ多弥太」伝説に触れられており、これが、物語の発端となっているらしき記載がある。
 ところが、「あかぎれ多弥太」自体には、たどり着けないようだ。

 まず、武田静澄著『日本伝説集』(現代教養文庫 昭和51年 初版第17刷)より、引用する。

---------------- 引用開始

あかぎれ多弥太

 祖母山という山は、日向、豊後、肥後の三国にまたがる高山であるが、そのふもとの塩田というところに、塩田の太夫という長者が住んでいた。長者には、花のみもとという涼しいひとみをもった美しい娘がいた。花のみもとは、やがて年頃になった。が、ふるような縁談にも耳をかさず、秘蔵の玉といつくしんだ。
 いつの頃からか知れないが、明るい月夜になると、横笛のさえた音が高い。空に反響した。だれの手すさびかと、そっとうかがってみると、昼のように明るい白い道を、身分ありげなひとりの若ものが歩いていた。いいようもない優れた笛のぬしは、その若ものだった。なおもあとをつけてゆくと、若ものは長者のいかめしい塀をこえて、庭の奥へしのびこんでいった。
 村人のうわさ話は、じきに両親の耳にはいった。母親はみもとをよんだ。「お前は、親の知らない男としたしくしているというではないか。その若ものというのは、いったいどこの人です」
 いくら問いただされても、若ものの氏素性を知らないみもとは、答えることはできなかった。母親はみもとにいいつけて、そっと若ものの着物の襟に、糸のついた針をつきささせた。
 若ものはそれともしらずに、明けがたが近づくと、どこへともなく帰っていった。翌朝、塩田の長者は力じまんの村人を大ぜいつれて、糸をたどって追っていった。その糸は野をこえ、山をこえ、どこまでもつづいていた。ついに一同は、日向と豊後と肥後の境にある祖母山のふもとまでたどりついた。糸のさきは、とある岩穴の中へ入って消えていた。ふしぎなこともあるものだ――人々が岩穴の前に立ちどまって思いまどっていると、穴の中からはぶきみなうめき声が聞こえてきた。さすがの屈強な男たちも、あまりの恐ろしさに、顔を見あわせるばかりで、だれひとり進んで穴に入ろうとするものはいなかった。
 そのとき、一行のあとからついてきた花のみもとが進みでた。
「苦しそうにしていらっしゃるのは、どなたでしょうか」
「そういう声はみもとか。‘昨夜、わたしはのどに針をたてられた。このままではやがて死ぬほかはないが、その前に、ひとめなりとそなたの顔をみたいものだ」
「わたくしもお会いしとうございます。たとえ、どのようなお姿であろうと、恐ろしいとは思いません。どうぞお姿をみせてください」
 岩穴の中からは、一そう苦しいうめき声がひびいてきた。と、はげしい地ひびきがして、暗い奥の方からあらわれたのは大蛇だった。
 みもとが大蛇の咽の針をぬいてやると、大蛇はみもとに向かって、
「わたしは祖母山のぬしだ。そちはやがてわたしの子を生むが、その子は、成人ののち九州随一の勇士になるはずじゃ」
 といって、まもなく息絶えた’
 みもとは大蛇が予言したとおり、月みちて男の子を生み落とした。子どもは成長するにしたがい、体格も大きく、力も強い少年になった。ふしぎなことに、この少年は夏でもあかぎれがあったので、人々はあかぎれの童子とよんだ。
成人すると、あかぎれ多弥太と名のった。そして祖母山のぬしのお告げのような勇士になった。多弥太五代目の孫に、尾形三郎という源氏の勇士がいたが、三郎のからだにはうろこがあったということである。

 (宮崎県西臼杵郡 祖母山)

---------------- 引用終わり

内容は、『月の森――』の、ホウズキノヒメを彷彿とさせる物語である。
また、伝説の多弥太を、タヤタとして登場させたものと思われる。

ただ、夏でもあかぎれがあったという、あかぎれ多弥太が、勇士となり、その子孫が、尾形三郎という著名な人物にまでつながったというのは、タヤタとはいささか趣が異なる。
さて、「尾形三郎(あるいは、緒方三郎)」という名前までたどり着くと、これはまた、種々の物語に到達できる。

http://www.miyagin.co.jp/pleasure/0103.html
http://www.d-b.ne.jp/siga/panora/ogata/ogatagawa.html

など。

いずれしても、尾形(緒方)三郎も、平家物語にもうたわれながら、義経と共に都落ちをはかりながら、捕まって流罪になるなど、なぜかうら悲しいさだめを感じさせるものと思う。

それでも、尾形三郎にいたる、多弥太の系図を考えるとき、これは、明らかにタヤタとは異なる物語につながっている。
多弥太の子孫は、人の中に残ったのだし、そうでなくても、都で魔物を退治したナガタチの立場だろう。
この意味で、あかぎれ多弥太の伝説が、『月の森――』のベースであるとか、モチーフになったというのは、適切ではない気がする。もちろん、重要な「きっかけ」であったとしても。

さらに、きどのりこ氏の解説で、「祖母山に伝わるほんの数行の伝説から」と書かれている。
出典も示されているわけだし、「ほんの数行の伝説」と言い切るのも、それは、適切ではない気がする。

さて、本編に戻ろう。
この物語は、「稲を作ろうとすると、〈かなめの沼〉意外に場所がなかった」という意識が下敷きになっている。
しかし、もうひとつの大きな要素は、キシメの畏れであった。
終盤でキシメ自身がこのことに気づいている。そして、「いちども、〈かなめの沼〉にふれずにムラが生きのびる道を、タヤタと語りあおうともおもいつかなかったのだ」とその心情を吐露している。

タヤタと(なりゆきではあったが)ナガタチという並外れた力士がそろっているのだ。本当に、〈かなめの沼〉いがいに稲作をする道はなかったのだろうか?

これは、ホウズキノヒメが「〈かなめの沼〉には手を触れてはならない」としながらも、(この秋という限定ではあっても)月の森に立ち入ることを許したのと――その、「カミ」との結びつきの強さの差なのだと思う。

もちろん、キシメがカミへの畏れを克服できなかったのは、若すぎるカミンマ故だったのか、律令に覆われ始めた時代世故なのか、それは、考えるべき点だとは思う。

最期に。
日本史の知識として、公地公民や口分田、班田収受は知っていた。
しかし、本書にこういう一節がある。
「郡司さまなど大きなクニの長たちは、朝廷に従うたとはいえ、おのれのクニはおのれのものだと思われていた……」
そう、それは、確かに、自らの持っていた土地を朝廷にさしだした(奪われた)ということだったのだ。
かつて、大化の改新―大宝律令―班田収受の法 という歴史の流れを学んだとき、幸福な国へのステップを踏んだように思った。しかし、その印象を、「おれたちのクニ」が「おれたちのもの」ではなくなった時なのだと思うと、別の感慨が浮かぶのである。
posted by 麻野なぎ at 17:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感

2012年09月18日

キーボードの入れ替えに悩む。(AutoHotKey のこと)

先日、ONKYO の、Bluetooth キーボード PKB2A-A25SL3 を衝動買いしてしまった。
アウトレットで安く売りに出されていたというのもあるが、Bluetooth の、普通のサイズでなおかつ、テンキーのないモデルを長らく探していたところ、デザインに惹かれてのことである。
ただ、「残り一台」の売り文句にあおられて、細かいところをチェックせずに買ってしまったというのが、後に、少々問題となる。
それでも、最低限のチェック、日本語キーボードであり、エンターキーが逆Lであり、キーピッチは16mmよりは広い(実際には、17.5mm)というところはチェックした。

実は、気になるところはあった。PageUp, PageDown, Home, End というキーが、「ないかもしれない」というところだ。
大きな写真を探し出すことができなかったが、確かに、「ない」
ただ、この時点では、まさか、ないということはなかろうと思っていた。Fn キーは存在しているから、Fnキー+カーソルキーに(刻印はないけれど)割り当てられているのだろうと、勝手に決めつけた。

さて、実物が届いて、おそるおそる、Fn と カーソルキーを押してみると、「それは存在しない」という事実が。
実に、PageUp, PageDown, Home, End というキーが、「ない」ことが判明した。

家族に聞いてみると、そもそも、そういうキーの存在を知らなかったようだ。なるほど、一般的には認知されていないキーなのだ。
が、私にとっては、必須なキーである。
テキストを編集していて、行頭、行末への移動は多いし、さらに、「行末まで範囲選択」も多い。
何より、ATOKの電子辞書へのアクセスは、End キーを使っている(ついでに、連想変換のキーは、Home)

PKB2A-A25SL3は、そのまま、携帯電話(スマートフォンにあらず)の入力用にしてしまうという選択肢もあるが、「また無駄遣いをして」という家族の視線が熱い。
結局、ALT + カーソルキーに、それらのキーを割り当てることにした。
割り当てることにしたというだけでは問題は解決しない。

まずは、自作の「キーカウントプログラム」のキーフック部分をいじって、キーの差し替えをしようとしたが失敗した。
いくつかの、「キー入れ替えソフト」を検討したが、単一のキーを入れ替えることしかできない。
なんか、「できそう」な、「猫まねき」が動く環境でもなさそうだ。

というところまで来たときに、AutoHotKey に出会った。

http://www.autohotkey.com

これは、「いけそう」だ。
やりたいこと自体は単純だ。ALT + UP, DOWN, LEFT, RIGHT を、それぞれ、PageUp, PageDown, Home, End に差し替えるだけ。
が、基本的な「リマッポング」機能を使っても、いうことを聞いてくれない。
Help を読むうちに、Send コマンドを使えば、キーストロークを置き換えられることがわかった。
まずは、

!Left::Send {Home}
!Right::Send {End}
!Up::Send {PgUp}
!Down::Send {PgDn}

と、4行追加することで、キーの置き換えは完了。
しかし、「行末まで範囲選択」という、本来なら、Shift + End などで実現するはずのストロークが、実現できない。
Shift + Alt + Right でも、単に、行末にカーソルが移動するだけだ。

が、おおよそ見当はついた。
+!Right::Send {Shift}{End}
でいけるのじゃないか?

が、失敗。Shift を送出しているだろうと思うけれど、あくまでも、Shiftキーのストローク(ON して、OFF)を送出してしまう気がする。
それでも、あきらめずにドキュメントを眺めると、{Shift Down} があるではないか。
+!Right::Send {Shift Down}{End}{Shift Up}
で、Shift を押下したまま、End を送出(して、Shift をリリース)が実現できた。

結局、先の4行に加えて、

+!Left::Send {Shift Down}{Home}{Shift Up}
+!Right::Send {Shift Down}{End}{Shift Up}
+!Up::Send {Shift Down}{PgUp}{Shift Up}
+!Down::Send {Shift Down}{PgDn}{Shift Up}

を追加することで、なんとか、PKB2A-A25SL3 をメインマシン用に使い続けることができそうだ。

※あとは、(充電式なので)バッテリーの持ちが心配だが。

posted by 麻野なぎ at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感

2012年05月05日

なぜ、歩行者のいる横断歩道で自動車は停止しないのだろうか?

季候がよくなってきましたが、外を歩いていると、相変わらず、横断歩道を渡ろうとしたときにその手前で停止してくれる自動車が皆無であることに気づきます。
これは、「運転者の皆さん、マナーを守りましょう」というお話ではなくて、「運転するなら、道交法くらい守れよ」というレベルのお話です。

道路交通法では、

・横断歩道の手前では徐行しなければならない
・横断「しようとしている」歩行者がいれば、一時停止し、「歩行者の通行を妨げて離らない」
・周辺に歩行者がいないときは、そのまま通行可能
・違反すると、三ヶ月以下の懲役または、5万円以下の罰金

と規定されています。
というわけで、歩行者が横断歩道を渡ろうとしたときに、一時停止しない車は、「法律違反」です。

そもそも、歩行者に対して、「左右を確認して、車がいないことを確認して渡りましょう」という指導がなされますが、これは、歩行者サイドの自己防衛としては、適切な話です。
が、それ、あくまでも、「自己防衛」ですから、道交法も知らない自動車が存在することに対する。

ついでにいえば、車道から駐車場などに入る場合に、「歩道」を横切る場合には、その前で一時停止が必要です。
これも、止まってもらえないケースが多いように感じます(でも、横断歩道よりは、まだ、止まってくれる車は多いような)


最後に、道路交通法より引用(たとえば、 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S35/S35HO105.html

第三十八条  車両等は、横断歩道又は自転車横断帯(以下この条において「横断歩道等」という。)に接近する場合には、当該横断歩道等を通過する際に当該横断歩道等によりその進路の前方を横断しようとする歩行者又は自転車(以下この条において「歩行者等」という。)がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道等の直前(道路標識等による停止線が設けられているときは、その停止線の直前。以下この項において同じ。)で停止することができるような速度で進行しなければならない。
この場合において、横断歩道等によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者等があるときは、当該横断歩道等の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。

第十七条  車両は、歩道又は路側帯(以下この条において「歩道等」という。)と車道の区別のある道路においては、車道を通行しなければならない。
ただし、道路外の施設又は場所に出入するためやむを得ない場合において歩道等を横断するとき、又は第四十七条第三項若しくは第四十八条の規定により歩道等で停車し、若しくは駐車するため必要な限度において歩道等を通行するときは、この限りでない。

2  前項ただし書の場合において、車両は、歩道等に入る直前で一時停止し、かつ、歩行者の通行を妨げないようにしなければならない。

ついでに、罰則規定

第百十九条  次の各号のいずれかに該当する者は、三月以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。

具体的な内容の中に

第十七条(通行区分)第一項から第四項まで若しくは第六項……。

第三十条(追越しを禁止する場所)、第三十三条(踏切の通過)第一項若しくは第二項、第三十八条(横断歩道等における歩行者等の優先)、第四十二条(徐行すべき場所)又は第四十三条(指定場所における一時停止)の規定の違反となるような行為をした者
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2011年06月29日

「牛乳はモー毒」なのか? 出典を巡って

最近、ふとしたきっかけで、「牛乳はモー毒」と主張するサイトをいくつか見た。
その多くに、共通した論調が見られた。

・厚生労働省も牛乳の過剰摂取と心の偏りの密接な関係に
 気がついたのか2002年(平成14年)度からは公立保育
 園の牛乳給食料を2001年(平成13年)度まで1日平均
 200mlから80mlに減量しました。なぜ減量したかは一切
 不問にしています。

・2000年(平成12年)5月厚生労働省は「健康日本21」と
 いう成人向けガイドラインを作成しました。成人向けの
 牛乳接種量を乳製品も含めて1日130mlと明記しています

の2点である。

しかも、共通して同じ論調が見える割には、誰一人出典を明らかにしていないというのもまた興味深い点である。

後者については、「健康日本21」というキーワードもあり、比較的探しやすいものだった。
具体的には、まとめを、
http://www1.mhlw.go.jp/topics/kenko21_11/pdf/b1.pdf
で見ることができる。
問題の箇所は、

> 目標値:牛乳・乳製品130g、豆類100g、緑黄色野菜120g以上
> 基準値:牛乳・乳製品107g、豆類76g、緑黄色野菜98g(平成9年国民栄養調査)

と書かれ、平成9年調査では牛乳・乳製品が107gしかないので、130g以上を目標に
しましょう……と明確な意図が感じられる。

これを、「牛乳は有害である」という文脈で、「牛乳接種量を乳製品も含めて1日130mlと明記しています」と記述するのは歪曲というものであろう。

さらには、

http://www.atela.zzw.jp/easyfree2/

では、

> 実は2002年から厚生労働省も牛乳と心の偏りの密接な関係に気づいたのか、
> 公立保育園の牛乳給食の量を1年前の200mlから80mlへ大幅に減少させ
> ました。また成人でも乳製品の量は130mlまでと定められました。

と、「130ml まで」と明らかな誤りが見られる。

http://blogs.yahoo.co.jp/barnabaseriko/27941456.html

には、(ただし本文ではなく、コメントのほう)
> 労省は牛乳の1日の摂取量を2000年に成人で乳製品を含め、130ml
> と大幅に減らしています。減らした理由も不問にして(牛乳はモー毒より)。

という記述も。
保育園給食の話との混同と思われるが、出典をあたれば、「増やそうとしている」
のはわかったものと思う。

また、

http://www.bea.hi-ho.ne.jp/yooln/shokuidogen-2.htm

に至っては、

> 一昨年5月、厚生省は「健康日本21」の中で「成人の場合、牛乳、乳製品を含めて、
> 130ml以上摂ることを目標とする」と明記しました。ところが現場は厚生省の基準以
> 上牛乳を摂っていて、中学校の生徒は牛乳だけで200mlも摂っています。乳製品全部
> で130mlなのに既に基準を破っています。

という表現もある。これなど、わざわざ出典をあたらなくても、この文章中だけで矛盾している。
130ml *以上* というのが基準なら、200ml は、基準合致なのだが?

一方で、前者の、「公立保育園の牛乳給食料を1日平均200mlから80mlに減量」に関しては、出典を見つけることはできなかった。

以上2つの論点に加えて、「平成15年の、学校給食における食事内容について」という厚生労働省通達を根拠に、「厚生労働省は学校給食に牛乳を出さなくてもいいと言っている」というものもあった。

たとえば、
http://mitomo.jp/img_server/co_img1/mitomo/file/c100.htm


さて、これも出典をあたってみよう。


学校給食における食事内容について
(15文科ス第121号 平成15年5月30日)
http://www.nise.go.jp/blog/2000/05/h150530_01.html

まず、このドキュメント自体が

学校給食における食事内容について(平成20年10月23日)
20文科ス第754号
平成20年10月23日
http://www.mext.go.jp/a_menu/sports/syokuiku/08110511.htm

によって廃止されていることを指摘しておいてもいいだろうと思う。

さて、次はその内容である。
本当に、「……牛乳は不要と書かれた」のかどうか?

まず、平成15年版には、以下のような記述がある。

> 1 学校給食の栄養所要量の基準について
> <中略>
> (3) 今回の栄養所要量の基準の改訂についての基本的な考え方は次のとおりである。
> <中略>
> ビタミンB2は牛乳を飲用することにより確保できるため40%としたこと。

> 2 学校給食における食品構成について
> (2) 牛乳については、児童生徒等のカルシウム摂取に効果的であるため、その飲用に努めること。
>     なお、家庭の食事においてカルシウムの摂取が不足している地域にあっては、積極的に調理
>    用牛乳の使用や乳製品の使用に努めること。

これは、むしろ、牛乳を摂取することを前提とした記述ではなかろうか。
では、新しい文書である平成20年版ではどうか?

> 1 学校給食摂取基準について
> <中略>
> 児童生徒等の嗜好及び学校給食においてカルシウムの供給源としての牛乳が通常毎日提供されている
> こと及び食生活等実態調査結果などを勘案すると、基準値は現行程度が適切と考えられる。よって、
> 食事摂取基準の推奨量(1日)の50パーセントを基準値とした。
> <中略>
> ビタミンB2についても牛乳1本(200ミリリットル)をつけると1日の推奨量の40パーセント程度となる
> ことから、食事摂取基準(1日)の40パーセントとした。
> <中略>
> さらに、独立行政法人日本スポーツ振興センターが実施した「児童生徒の食事状況調査」によれば、
> 学校給食のない日はカルシウム不足が顕著であり、カルシウム摂取に効果的である牛乳等についての
> 使用に配慮すること。なお、家庭の食事においてカルシウムの摂取が不足している地域にあっては、
> 積極的に牛乳、調理用牛乳、乳製品、小魚等についての使用に配慮すること。

これまた、学校給食には牛乳ありきの文章ではないか?

これについては、平成15年のものから、「標準食品構成表」がなくなっている、故に、給食に置けうる牛乳の量は規定がなくなった」ということらしい。
確かに、この主張は正しい。牛乳がなくても給食は成立するのだ。
が、この文章を根拠に「牛乳はいらないと判断された」というのは、正しい判断ではなかろう。
それでも、「いらないと判断された」は、まだ、正しいともいえる。
*この文書を根拠* にした、「牛乳を減らす動きにある」「減らすべきである」という主張は明らかに間違っている。

最後に、ここで取り上げたページには、もう一つ奇妙な主張がある。

> 動脈硬化のリスクを高める飽和脂肪酸が、牛乳1リットル中にバター大さじ4杯分も含まれています。
たとえば、http://www.eiyoukeisan.com/calorie/nut_list/fatty_acid.html によれば、「特濃」でも、2.27% とのことで、
 これを採用すれば、1リットル中おおむね、23g。
 バター大さじ1杯は15gよりは少なくて、少なく見積もると13g。その4杯分は、52g。

これも出典がほしいところではあるが、さらに、しかもその直後に、

> 『健康ビジネスで成功を手にする方法』(ポール・ゼイン・ピルツァー著・私には夢がある・P.150)には
> コップ一杯の牛乳は四九パーセントが脂肪

と書かれている旨主張される。49%が脂肪なら、1リットルのうち、490gは脂肪である。
厳密に言えば、前者は「飽和脂肪酸」後者は「脂肪」なので、脂肪の方が多いこと自体はありうる。ただし、脂肪の総量490gに対して、飽和脂肪酸が大さじ4杯に相当する、52gなら、「飽和脂肪酸のかたまり」というのは無理な主張であろう。

ちなみに、手元にある牛乳パッケージには、「乳脂肪分 3.8%」と記されている。
普通牛乳の場合、飽和脂肪酸は2.33%らしいので、脂肪全体が3.8%というのは妥当であろう。
posted by 麻野なぎ at 21:36| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑感

2011年02月06日

Windows VISTA の EverNote で FreeMind を使う。

EverNote の Puremium アカウントであれば、添付するファイルの種類に制限はなくなる。
そしてまた、添付されたファイルは直接編集できる。
そうなると、考え方やアイディアをまとめるために、FreeMind のファイルを添付したくなる。

が、しかし、EverNote に貼り付けた FreeMind は直接編集できない。
というわけ、これを回避する方法が見つかった。

この原意は、そもそも、FreeMind.exe を実行すると、java が立ち上がり、freemind.jar を呼び出すという流れになっているのだけれど、freemind.jar が動き始めるときには、freemind.exe は終了している。
しかも、EverNote からみみれば、.mm というファイルを生成して、freemind.exe にわたすのだけれど、freemind の実体が動き出す前に、Freemind.exe は終了している。したがって、freemind.jar が起動したときにはすでにファイルが存在していないと、そういうことなのだが。

というわけで、.mm という拡張子に、javaw.exe -Xmx256M -jar "c:\Program Files\FreeMind\lib\freemind.jar" "%1" を割り当てることで、ファイルの生成から終了まで、javaw.exe が動いているようにすれば、OKということになった。

が、さらに、Windows VISTA では、(それ以降も?)この設定が直接にはできないということで、これまた試行錯誤があった。
さて、結論である。

1.c:\windows\system32 に移動して、cmd.exe を見つける(これが、コマンドプロンプトの実体)
2.右クリックして、「管理者として実行」をクリック。
3.コマンドプロンプトから、 assoc .mm=Freemind を実行。
  (.mm という拡張子を Freemind というデータ形式と認識させる)
4.コマンドプロンプトから、 ftype Freemind=javaw.exe -Xmx256M -jar "c:\Program Files\FreeMind\lib\freemind.jar" "%1" を実行
  (Freemind というデータ形式に対する具体的な実行プログラムを設定する、一応、 freemind.jar の場所は確認必要)

以上です。
コマンドプロンプトを管理者として実行することが必要で、たとえ、adominisitrator 権限を持っているユーザーから実行しても、コマンドプロンプトを普通に実行するだけではアウトでした。
posted by 麻野なぎ at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感

2011年01月11日

EverNote の Premium Account だと何がうれしいのか?


この記事を訂正します。

この記事が最初に書かれた2011年1月の段階では、この記事は正しかったのですが、現在(2013/04/17)時点では、(かなり前から)誤っています。

EverNote のフリーアカウントで添付できるファイルが「画像とPDFのみ」という制限は現在ありません。
したがって、「編集するノート」というのは、フリーアカウントで実現可能です。

この点、訂正させていただきます。

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題して、「記録するノートから編集するノートへ」

冒頭に述べておけば、私自身、「もしかしたら、Microsoft One Note のほうがいいかもしれない」という思いは持ちつつ、EverNote を使っているというのはありまして、ここでも、そういう使い方を意識しています。

さて、話を元に戻せば、EverNote の Premium アカウントにおける優位点は、
・転送量の上限値が増える
・添付できるファイルの種類の制限がない
・ノートのヒストリが表示できる
という3点になっています。

このうち、最初にあげた、「転送量の上限値が増える」という点がもっともよく話題になっており、「一ヶ月の転送量が上限値を超える場合には、Premium アカウント」という認識が一般的なように思う。
ところが、使い方によっては、「添付できるファイルに制限がない」というのが、大きな意味を持ってくる。
実は、EverNote に添付されたファイルは、直接編集可能なのだ。

EverNote の通常アカウントにおける添付ファイルの制限は、よく考えられているような気がする。
画像ファイルとPDFファイル。これは、多くの人にとって「編集することのない」ファイルである。
EverNote が標榜する、「すべてを記憶する」という言葉からすれば、画像ファイルとPDFを取り扱うだけで、記憶(そして記録)が多くの場合可能である。
※もちろん、転送量の制限はあるが。

ところが、「あらゆるファイルが添付可能」かつ、「添付されたファイルが直接編集可能」ということになると、「すべてを記憶する」というノートの役割を超えて、「さらに、変化し続ける」ノートであることができる。
EverNote自身が、ノート内のテキストを変数刷る機能は持っている。
しかし、それに加えて、ノートに添付された Word やら Excel やらのファイルが直接編集可能(ダブルクリックで開いて、普通に、「上書き保存」するだけで、ノートに添付されたファイルは更新される)であることを考えると、

・ノートを作成する。
・とりあえず、メモを書き込んでおく
・なんか、必要らしいファイルを(たとえば、PowerPoint)貼り付けておく
・新たらしい情報を元に、プレゼンテーションの内容を変更する
・検討データとして、Excel を貼り付ける
・そのExcel の説明をテキストで書き込んでおく
・Excel の情報を更新する
・途中で拾った写真をヒントとして貼り付けておく
・Excel のデータをみながら、写真を貼り付けながら、プレゼンテーションを完成させる
・ついでに、入手した発表スケジュールを貼っておく

という流れが、ひとまとまりのノートの中で完結する。
こうなれば、当然、転送量は増大する(添付ファイルを更新するたびに、新たなデータを転送する必要があるから)
故に、Premium アカウントでは、転送量の上限が引き上げられる。

こういう編集をしていると、どうしても、「昨日の資料」に帰りたくなる。
故に、Premium アカウントでは、ノートのヒストリが参照可能である(昨日の資料が再現できる)
※ただ、ヒストリは、必ずしも全部のステップが残っているというわけではなさそう。

ということなのだと思う。
というわけで、すでにできてしまったものを記憶するというだけではなく、ノートを編集しながら、記録すべきものを作り上げてゆくという、そういう用途に使うことが可能になるわけです。

※ただ、少なくとも現時点では、処理をするのに複数のファイルが必要なものは、編集ができないです。
 これは、ダブルクリックの時点(または、Open または、Open with でファイルを開こうとした時点)で、ファイルの実体が生成されるためです。開こうとしたファイルだけしか、ファイルの実体としては存在していないので、複数のファイルを組み合わせて処理するようなアプリケーションだと、指定していないファイルの実体は存在しないからです。
posted by 麻野なぎ at 12:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感

2010年12月16日

ATOK 2010 誤変換シリーズ

2011年2月6日 追加分です。

樹脂材料調達成功上のため → 樹脂材料調達性向上のため
蒸す迷惑 → 娘曰く
単に施米からじゃなくて、 → 単に狭いからじゃなくて
深い足しました → 付加いたしました
当シャモですが → 当社もですが
電源ラインの出石県 → 電源ラインノイズ試験
ここで対回り込みを許可 → ここでタイマ割り込みを許可
また園は無しか → またその話か
位までもスイッチは使われている → 今でもスイッチは使われている

-------------------------- ここまで ---------------------------------------

年末も近くなりましたが、今年集めた ATOK 2010 の誤変換リストです。
以下のものは、実際に変化された結果ですが、当方の単語登録や普段どんな言葉を多用しているかで、いろいろと違いは出てくるかもしれません。

では。

佐藤△保住
 → 佐藤さん確保済み

恋うて以外での確認
 → 工程外での確認

実機でバッグ
 → 実機デバッグ

テスト洋館数ファイル作成
 → テスト用関数ファイル作成

状態だとか呈する
 → 状態だと仮定する

ブラ施設返事の検証事項確認
 → ブラシ設変時の検証事項確認

本社へ伸ばす
 → 本社へのバス

年末可燃しか、そのあたりに
 → 年末か年始か、そのあたりに

基板と利雪
 → 基板取説

はんこ低抵抗の
 → 半固定抵抗の

同じファイルの中野か区間数
 → 同じファイルの中の各関数

人がいればもう獣
 → 人がいればもうけもの

モータか変モジュール
 → モータ可変モジュール

案外な外貨も
 → 案外長いかも

半生コメント締め切り
 → 反省コメント締め切り

特にして伊那市でよいと思います
 → 特に指定なしでよいと思います

一同かがいましたがお忙しそうだったので
 → 一度伺いましたがお忙しそうだったので

デー大切先
 → データ移設先

どう査定し次官は
 → 動作停止時間は

最後は案がイラクでした
 → 最後は案外楽でした

運用の点から、まず移転があると思います
 → 運用の点から、まずい点があると思います



posted by 麻野なぎ at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感

2010年05月14日

深夜のメールは「マナー違反」だという説

深夜のメールは「マナー違反」といわれたが?

こんな質問が上がっているのをみて、回答してみたのだけれど……。
ほかの回答をみると、携帯電話でメールに対して着信音が鳴るのが迷惑だから……という発想らしい。

しかしながら、もともとインターネットや、かつての、パソコン通信にしても、メールというのは、いつでも好きなときに送信できて、いつでも好きなときにそれを読むことができるというメディアだったのではなかったか。

それが、携帯電話によるメールが浸透してきて、どうも、メールに即時性(というか、即応性)が求められてきている気がする。
それでも、携帯電話でメールが使えるようになったときには、既に電子メールというものは存在して、使われていた。そして、携帯電話から、インターネットへの接続性を確保したという歴史の流れを考えるなら、既に使用されていた「文化」を尊重すべきではあったかと思う。

それにしても、携帯電話から入って、自分の使い方に沿わなければ、その時点で「マナー違反」という言葉が出てくるのも、いかがなものかなと思う。「自分にとっては迷惑だから配慮を求める」というのと、「マナー違反だ」というのは、基準としてずいぶんと異なるのだし、かなり広い範囲を把握しなければ、「マナー違反」という表現は、(本来)難しい。

さて、ここまで考えて、なぜ、そもそもメール着信に、「着信音」が存在するのかと考えた。通話であれば、確かに着信音は必要で、着信音が鳴れば、すぐに出るか、少なくとも相手先を確認しなければならい。そして、だからこそ、「通話」に対しては、深夜は遠慮しろとか、受ける方も、必要に応じてマナーモードにせよとか、それこそ、「マナー」と考えられるようなことがある。

一方、メールに対して、着信音が鳴ったから、即メールを見るという行動がどの程度一般的なのだろう。「仕事の関係でメールを携帯電話に転送している」人だって、まさか、お客様と商談中に、「ちょっと失礼」という行為はしないだろう。
結局、移動中だとか、商談の間だとか、「自分で確保できた時間」のなかでメールを読むことになる。

だったら、多分、メールに対しては本来着信音は不要なのだ。
では、なぜ、「深夜のメールはマナー違反」といわれるほど、みなが、メールに対して着信音を設定しているのだろう。
かくいう私も、しばらくはメール着信音を設定していた。
それがあまりうるさいので、着信音を「無音」にして、そして、家族とアラーム的に使っているメールについては、個別設定でそれぞれ別々の着信音を設定している。

もしかしたら、携帯電話の初期状態でメール着信音が鳴るように設定されているのが大きな要因かもしれない。
さらにいえば、メール着信音の初期状態が、「通話の着信音と同じ」に設定されているケースもあった。
確かに、夜中、通話と同じ着信音で飛び起きれば、何のことはないメールだったというのは迷惑な話だろう。
でも、その、メール着信音、そもそも必要ですか?
posted by 麻野なぎ at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感

2010年04月14日

500円玉と10円玉のお話

これまたどこかで聞いたお話。
ある施設の少女。彼女に取っては、500円玉より、10円玉の方が価値があるのだという。
なぜなら、10円玉があれば、その施設の赤電話で大好きなお母さんに電話ができるから。

本当にこの通りだったか、あるいは、話者の意図はどうだったか、不確かな面もありますが。

これを読んだとき、「ああ、500円玉の方が価値があるに決まっている」などと、こちらの価値観を押しつけてはいけないのだなと思いました。
でも、ちょっと待て?

実際には、500円玉の方が価値があります。もちろん。
なぜ、だれも、彼女に「一枚の500円玉は、50枚の10円玉になるんだ」と教えなかったのでしょう。
悪意で考えれば、「お母さんの声が聞こえる」といって、500円玉を渡すべきところで、10円玉を渡すようなことも考えられます。

本当にすべきなのは、「今すぐにお母さんの声を聞くには10円玉」ということではなく、「ちょっと手間はかかるけど(両替しなければならないから)500円玉は、10円玉50枚になる」と教えることなのではないかと思うわけです。

さて、そしてこれは、なにも、彼女だけのことではありません。
私たちは、往々にして、「今までできていたやり方」「今やっているやり方」に固執しがちです。
もしかしたら、「両替する」という手間を惜しんで、10円玉をかき集めているのは、私たち自身なのかもしれません。
posted by 麻野なぎ at 21:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感